2017.07.26 Wednesday 00:36

本:走ることについて語るときに僕の語ること 村上春樹 (7月6日分に追加)

P-34

 

他の人には他人の価値観があり、それに添った生き方がある。僕には僕の価値観があり、それに添った生き方があり、そのような相違は日常に細かなすれ違いを生み出すし、いくつかのすれ違いの組み合わせが、大きな誤解へと発展していくこともある。その結果故のない非難を受けたりもする。当たり前の話だが、誤解されたり非難されたりするのは、決して愉快な出来事ではない。そのせいで心が深く傷つくこともある。これはつらい経験だ。

 

しかし年齢をかさねるにつれて、そのようなつらさや傷は人生にとってもある程度必要なことなのだと、少しずつ認識できるようになった。考えてみれば他人といくらかなりとも異なっているからこそ、人は自分というものを立ち上げ、自立したものとして保っていくことが出来るのだ。僕の場合で言うなら、小説を書き上げることが出来る。一つの風景の中に他人と違った様相を見てとり、他人と違う事を感じ、他人と違う言葉を選ぶことが出来るからこそ、固有の物語を書き続けることが出来るわけだ。そして決して少なくない数の人々はそれを手に取ってよんでくれると言う希有な状況も生まれる。僕が僕であって、誰か別の人間でないことは、僕にとってひとつの重要な資産なのだ。心の受ける生傷は、そのような人間の自立性が世界に向かって支払わなくてはならない当然の代価である。

 

 

P-36

 

誰かに故のない非難を受けた時、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りがある、弱い人間だということをあらためて認識する。一番底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。腹が立ったらその分自分にあたればいい。悔しい思いをしたらその分自分を磨けばいい。そう考えて生きてきた。黙って吞み込めるものは、そっくりそのまま自分の中に呑み込み、それを小説という容器の中に、物語の一部として放出するようにつとめてきた。

 

 

P-58

 

人生にはどうしても優先順位と言うものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかと言う順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。まわりの人々との具体的な交遊よりは、小説の執筆に専念できる落ち着いた生活環境を優先したかった。僕の人生にとってもっとも重要な人間関係とは、特定の誰かとのあいだというよりは、不特定多数の読者との間に築かれるべきものだった。

・・・・’皆にいい顔は出来ない’ 平たく言えばそう言う事になる。

 

 

 


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