2017.03.02 Thursday 12:13

本:アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。

 

アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。

2016/6/20稲垣えみ子 (著)

 

 

本文より抜粋:

 

誰に向かって。今なぜ、この記事を書くのか。その思いの裏付けのない記事を発信してはいけない・・・

私は偶然のめぐりあわせから、読者の悲鳴を聞いてしまった。それは一言で言えば、新聞は冷たい、と言う事だ。もっと具体的にに言えば、分かったようなことを偉そうに書いているだけで、ちっとも自分たちのことなんてわかろうとしていない、本当に自分と同じ人間が書いているとは思えないというのである・・・

”自らの血を流さない文章を書いてはいけない”。もしそこを外し、何かをピンセットでつまんで安全なところからあれこれ眺めわかった様な物言いをしようものなら、共感はたちまち反転し、深い失望と反発が待っているに違いないという強迫観念にさいなまれ続けた・・・
閉塞感とはつまるところ、人間が人間であることを許さない社会・・・全体が生き残るためには個はどこまでも後回しされ、誰もが置いていかれないよう、切り捨てられないようびくびくしながら生きている・・・
本当に言いたいことは、その人のどうしようもない弱さやコンプレックスから出てくると言ことだ。解決のつかない問題を抱えて苦しんでいる人は、たとえ意識しなくてもその答えをいつだって求めている・・・・何を見ても、誰に話を聞いても、解決のヒントになりそうなものは見逃さない。そしてわずかでも光を見いだした時、心から共感し、そのことを誰かに必死に伝えようとする。そして、その文章は同じように弱さを抱えた人を救う・・・
自分の欲望が他者に支配さえていく・・・・
快適はいつでも自分の先にあり、逃げ水のように延々と遠ざかる幻・・・だからこそ新製品が売れる・・・消費社会の本質なのだとしたら、この社会とはいったいなんなのでしょうか。そして我々とは・・・消費社会がますます栄えるための使い捨てのコマなのでしょうか・・・

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