東洋経済オンライン
櫨 浩一氏による記事より抜粋
債券市場にバブルが発生する第一の原因は、株式市場の場合と同様だ。将来予想が楽観的になり過ぎて、元利の支払いが滞ってデフォルトするという危険性を過小評価するようになることだ。債券では外貨建てのものがリスク資産として挙げられることが多いが、為替相場の変動の影響を受けない自国通貨建ての社債でも発行企業が倒産するリスクはある。
国債に比べて倒産のリスクがある分だけ、社債には通常、高い金利がついている。しかし、安全資産である国債の金利が低下してくると少しでも高い金利を得ようとして、よりリスクの高い社債を購入する動きが強まって、需給が締まり、リスクに見合うだけの金利差がなくなることがある。
米国では、ハイイールド債と呼ばれる低格付けの債券で、国債(財務省証券)との利回り差が、高いリスクに比べて縮小しすぎているという見方も多い。金融緩和の下では、景気が拡大して企業業績は好調になりやすく、資金繰りも容易なので倒産件数が減少して、投資対象の元利返済の見通しについて楽観的になりやすい。
日銀の操作で金利は大きくゆがんでいる
日本銀行の黒田東彦総裁は、「量的・質的金融緩和」を導入した直後、2013年4月12日の講演で、量的・質的金融緩和が効果を発現する三つの経路の二つ目として、リスク資産へ運用をシフトさせる「ポートフォリオ・リバランス効果」をあげている。量的・質的金融緩和は「異次元緩和」とも呼ばれるが、これによって、株価だけでなく社債など債券の価格も行き過ぎた上昇(利回りの低下)が起こっているのではないか。
さらに、長期金利と将来の短期金利の予想の間には一定の関係があると考えられるが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入(2016年9月)したことで、この関係をゆがめてしまい、持続不能な債券バブルを発生させてしまっているのではないか。10 年物国債金利がゼロ%程度で推移するように市場をコントロールするというこの政策は、将来の短期金利の推移と大きく矛盾する中長期金利を市場で実現させており、将来どこかの時点で中長期の債券価格の大幅な下落(金利の急上昇)が起こる危険性がある。
長期金利と短期金利の関係を説明する考え方の基本的なものは、「純粋期待仮説」だ。この仮説は、たとえば、期間10年の国債を保有する場合と、そのほかの運用方法とで結果に大きな差があるということが明らかであれば、投資家はより有利なほうを選ぶはずだ。このため、有利なほうに資金が流れて差は縮小し、ほぼ同じ程度になるはずで、長期債の利回りは償還までの間の短期金利の平均(注1)となるはずだというものだ。 (注1)最終利回り
日本の金融市場では、以下の式による最終利回りが利用されることが多い。
最終利回り=(年間受取利子+(償還差損益/運用年数))/(投下資本)×100
償還までに受け取った利子を再投資して利子を得ることが可能なので、この国債に投資した場合の収益率を計算するには再投資する際の金利を予想する必要があるためだ。
経済学の教科書では、こうした問題を回避するために利付債ではなく割引債を使って純粋期待仮説を説明することが多い。この場合には、期間10年の割引国債の金利(R%)は、期間1年の割引債の金利(r_i)の10年間の幾何平均になっている。
(1+R/100)^10=(1+r_1 )(1+r_2 )(1+r_3 )⋯(1+r_9 )(1+r_10 )
もしも政府・日銀が目標としている年率2%の物価上昇が実現したとすれば、その後は金融政策を正常化し、実質の短期金利をゼロ%以上にすると考えられるから、名目の短期金利は2%程度以上になるだろう。仮に、5年後に2%の物価上昇が実現して名目短期金利が2%になるが、それまでは名目短期金利がマイナス0.1%だと想定すると、純粋期待仮説から導かれる10年国債の理論金利は、0.9%程度、20年債の金利は1.3%程度となる。
実際の経済では、2017年(平成29年)6月発行、2027年6月償還の10年利付国債(第347回)の表面金利は0.1%で、財務省の資料によると入札の結果、発行価格は100.48円、最終利回りは0.051%だった。8月23日の市場では、新発10年物国債の利回りは0.035%、20年債は0.550%、30年債は0.835%だった。現実の長期金利は理論値を大きく下回って(債券価格は上回って)推移している。
10年国債の保有は機会損失を生む
日銀が期待しているよりもはるかに長期にわたって物価が上昇せず、短期金利も上昇しないということになれば、10年国債を保有していても、毎年短期金利で運用していた場合よりも有利という結果になることは考えられる。しかし、5年後にでもデフレからの脱却に成功して短期金利が引き上げられれば、短期金利の運用のほうがはるかに有利で、10年国債を今保有することは大きな損失になる(大きな機会損失が生まれる)ということになる。
日本の多くのエコノミストが予想しているように、5年後でも1%程度にまでしか物価上昇率が高まらず、短期金利も1%にしか上昇しないという場合を考えても、10年国債の金利の理論値は0.4%程度なので、将来大きな機会損失が生まれるおそれがあるという結論は変わらない(注2)。 (注2)機会費用・機会損失
表面利率0.1%、期間10年の国債を100.48円で購入しても、10年後には元本分100円と利子1円(プラス利子の運用益)を受け取るので101円以上になり、投資額100.48円を上回るので損はしていないように見える。しかし、経済学の教科書はこのような比較は適切ではなく、100.48円を他の方法で運用した場合(機会費用)と比較すべきであると教えている。10年国債に投資した場合10年後に受け取る金額が投資額を上回っていても、機会費用を下回れば、機会損失が生じたと言うことになる。資産額が投資額を下回るということはなくても、他の投資家よりも利益が少ないという形で損失を被ることになる。
10年国債を保有し続けるのではなく、途中で売却してしまえば機会損失を免れることはできるが、売却された国債を購入した投資家が機会損失を被ることになる。こうした事態を多くの投資家が予想すれば、国債の価格は下落してしまうので、損失を実現することなしに国債を売り抜けることができる投資家はごくわずかだろう。
長期間続く異例の金融緩和政策は、金融機関や投資家に過剰なリスクを取らせる働きをしているおそれがある。異次元の金融緩和政策では、ETF(上場投資信託)を日銀が購入しているが、これによって日銀は株式市場に影響を与えており、投資家の行動を変えてしまっている可能性が大きい。
債券市場でも低金利の圧力によって投資家が過剰なリスクテイクを行っている恐れがある。株価が大幅に変動することに比べれば、国債をはじめとした債券の価格変動は小さい。だが、債券を購入している投資家はもともとこれを前提に投資を行っているので、大規模な損失が発生した場合の金融市場の混乱はむしろ大きい可能性もあるだろう。
「デフレ脱却」と長期金利ゼロは矛盾
グリーンスパン元議長は、投資家が想定している米国の将来の物価上昇率や短期金利が近年の経済状況に引きずられて異常に低くなってしまい、債券市場のバブル(債券の価格上昇・金利の低下)が起こっていることを懸念しているようだ。
日本の長短金利操作付き量的・質的金融緩和では、長短金利を直接操作することが政策の中心となっている。しかし日本経済をデフレから脱却させるという目標と、日銀のコントロールで実現しているイールドカーブの形は矛盾していると考えられる。これは、グリーンスパン元議長が米国の債券市場に対して懸念を示しているような、「低い短期金利が今後長く続く」という期待を日銀が作り出しているようなものだ。
現在の長期金利の水準は、いずれデフレから日本経済が脱却するというシナリオに従った短期金利の予想から純粋仮説を使って求めた理論値と大きく乖離していて、長期債の保有者は、将来大きな損失が生じるおそれが大きいことを意味していると考えられるだろう。
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